ぴころぐ

クリエーターを目指す大学3回生の備忘録。お絵かき、音楽、建築、大学生活など気ままに更新しています。

三年最後の課題

一昨日で今期最後の提出が終わった・・。

昨日は久しぶりの休日を楽しみました。寝たり、グータラ遊んだり・・・時間を持て余すってこんなに幸せなことなのか、と思っていたところでした。

 

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今回の作品のパースたちです。

よくどうやってパース作ってるの?と聞かれますが、オールフォトショです。

模型写真をなんとか加工して・・・。

 

元の模型写真とかこんな感じで

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この生活感溢れる模型写真(といってもスタディ模型)を

なんとか力技でフォトショで上図のように加工するのです。

フォトショさえあればどんなものだってよく見せられる自信がある笑

 

 

さて、三年最後の提出が終わりました・・・

「茶室を建築に転用する」という今回の設計課題。

思った以上に、分析が難しく、分析からの・・建築への転換の仕方もこれまた難しく、

この一ヶ月は、何度も色々試してはやり直しという日々を送って居ました。。

辛かった。研究というのは本当に答えがわからないから、やっていても自分がこの道で合っているのか?何度も立ち止まる必要がある・・。

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この「やった感」がある分析・・・。

この課題に対する私の答えは、利休の思想「見立て」を建築に応用できる可能性があるということ。

あ、千利休とは今の茶室の父ですね。

利休の「見立て」とは、物体を本来の見方とは別の見方で見ることによって価値を見立てるということ。

利休は、ボロボロの茶碗とか、農家の道具とか、当時としては全く価値がなかったものを、茶室をひきたてる道具として、価値を高めたんですね。これを「見立て」と言います。

また、利休とは別に、現代アートの父であるデュシャンが始めたコンセプチュアルアートもその「見立て」と同じ構図であることがわかりました。(って言ってもこれも有名な話なんですけどね)

そのデュシャンと利休の共通思想を使って建築に応用するという話。

 

デュシャンは、本来非芸術である日常品や大衆のもの(トイレ、新聞など)を芸術と見立てたことで 世の人々に芸術の価値観を問いたわけなんです。

 

利休も一緒で、本来美しくもなんともない農家の日用品などを茶室をひきたてる道具として見立てたのです。あんまりこんなことを言っちゃいけないのかもしれないが、下流階級の道具を上流階級の道具と見立てたわけなのです。

そうすることによって利休は世の人々に、物の価値観を問いたわけなんです。

 

ならば、建築もそうできるのではないか?

あって当たり前のようになってしまった建築

もう、意味や機能が失ってしまった形ばかりが残された建築も「見立て」によって、人々の建築の価値観も変わるかもしれない。ということですね。

 

利休の「見立て」はもしかしたら、建築再生に繋がることができるのではないかと。

今のご時世、空き家問題とか深刻ですよね。そういう建物の再生に繋がるのではないかと・・・これが、私の課題に対する回答です。

 

いや、この回答出したの世界で私一人じゃね!?と、浅はかすぎる知識で自惚れて居たわけなんですが、

大建築家の磯崎新さんも「見立て」について本を出していた。

見立ての手法 <br>日本的空間の読解

これから読もうと思う・・・。

 

 

まぁそんなこんなで、なんとか講評会に出させてもらったんですが、、

久しぶりのプレゼン(しかも準備もなしに)だったもので・・、本当に自分のプレゼンの下手さを痛感した。

しかし講評する先生方は、私のわかりにくすぎる説明でも理解してくれて

歯切れの良い質問やアドバイスを頂きました・・・。

 

 

自分の中ではまだ作品自体は完成していないんですね。

今の日本美学を築いてきたと言っても過言でない「見立て」の手法。

その「見立て」の手法は350年前に千利休によって生み出された。

そしてちょうど100年前の芸術界にもその「見立て」の潮流がきた。

 

なんだか「見立て」の流れはとても感慨深い。

物や芸術にできたんだから、絶対建築にも応用できる!!

もしかしたら、私がもう無知なだけで応用されているのかもしれないけど・・(小声)

 

 

提出は終わったけれど、まだまだ自分の中で作品は完成していないので

これからも随所「見立て」の研究について語る予定・・・であります。