ぴころぐ

クリエーターを目指す大学3回生の備忘録。お絵かき、音楽、建築、大学生活など気ままに更新しています。

勉強

セヴェラルネス 事物連鎖と都市・建築・人間 著:中谷礼仁 の本によると

 

いついかなるときも、私たちは何かに触れている。これは実に驚くべきことではないだろうか。

 

ここで扱いはじめようとしているのは、事物(=thing)とよばれる、複数の知覚を通じて存在を感じることができる何かと私たち自身のことである。両者間をめぐる性格の検討には主に建造物を用いる。それは建造物が事物の総合性を考えるのに都合がいいからである。(一部抜粋)

 

複数の知覚を通じて存在を感じることができる何か、これを筆者は事物(=thing)と表している。

私はこの事物(=thing)の一つに時代背景があるのではないかと思う。

それをこの抜粋文に当てはめて要約してみると

人々の生活態度や技術、芸術、政治などの時代背景というのは建物を媒介にして姿を現しているということだ。

 

私が学ぶ建築学科というのは、ただ単に建物を学ぶのではなく、建物を建てるための背景や根拠を日頃から学ばなければならない。

その建物を建てるための背景を考える上で欠かせないこととはやはり時代の流れなのだ。

時代に沿って建物を建てる人もいれば時代に訴えかけて建物を建てる人もいると思う。

 

つまり何を言いたいかというと、大学生活を送っていて気づいたことは、私の学科の学生は常日頃から勉強をしている人が多いと思った。

勉強というのは、物理とか英語とかそういうものではなくて、時代のことだ。

建築家とは時代のあらゆることに常にアンテナを立てなきゃいけないのだと思う。そして社会に対して何かしら訴えかけることができるものを持っていなければならないと思う。

建築家は特定の分野だけに特化するのではなく、複数の分野に精通しなければならないし、近視眼的な考えで生きちゃダメなんですね。

 

そういうことでうちの学生は、常日頃から社会について勉強をしているのです。

勿論、建築学生全員ではないんだけど。笑

強いて言えば 建築ができる学生・・・ということでしょうか。

 

そう考えると、この三年間の私は一体何をしていたんだろうと自己嫌悪に陥るのです。

目の前にある学校課題をただこなしていただけではないかと。

この時代に対して意見を持っていないのではないかと。

 

私には尊敬する先輩が一人だけいます。

その人はまさに常にあらゆる分野にアンテナを立てて、揺るがない意見を持っているのです。

その先輩を見ていると自分が情けなくなってしまいます。この三年間の自分に悔いてしまいます。

 

もっともっと私は社会を勉強をしなければあかん。

先輩を超えたいのもあるし、全国の建築家を志している強者よりも秀でたい。

この心構えを忘れずに残りの人生を悔いなく過ごしたいですね。