ミミコクラブ

圧倒的社会不適合者の極み。写真や絵で綴る観察日記.

怠惰

希望の大学院に入って3ヶ月が経過したが、

なんというか、この3ヶ月は生産性のない毎日であった。

 

大学院生のくせに、のんきに受け身になって他人に流されるまま過ごしてしまったのである。

大学院生にとって3ヶ月は恐ろしく貴重なものだ。なんて言ったって、大学院は約2年間しかないのだから。

 

つい最近仲良い先輩に叱られてしまった。

もうちょっとガツガツ生きなさいと。人よりも多く情報を得るつもりで生きなさい、、もう同期で動いてる人はたくさんいるんだよって・・。

 

東京という荒波の地から離れて3ヶ月経つわけだけれど、東京は確かに競争の地だったと痛感する。あそこは野心で目をぎらつかせている人がたくさんいた。

今、京都に住んでいるが、京都という街はどこもかしこも穏やかな風景でストレスを軽減させてくれる。けれどやはりどこか閉鎖的なところもある。

 

東京に残った同期たちは、今夢に向かって闘争心を燃やしている。

私も頑張らなくては、と思いました。

 

 

 

 

 

 

大学生になって友達が少なくなった

私は大学の人に裏でこう言われているようだ。

 

「ひのぴこちゃんに友達っているのかな?」

「ひのぴこちゃんはいつも一人だよね・・・。」

「ひのぴこちゃんって性格悪いの?だから友達いないの?」

 

人づてにそう言われていることを知り、驚き&ショックを受けた。

 

私は昔から、女子特有のグループで群れるということをしないタイプで、大学の授業も一人で受けることが多かったし、もちろん一人でお昼ご飯を食べることも多かった。

 

だが、一人で授業を受けると言っても、知り合いが近くに座っていれば、たわいの無い話をするし、お昼だって気分によっては、友達と食べに行く。休日は友達とご飯や旅行にだって行く。

そんな感じで大学生活を送っていたので、別に一人が寂しいなんて思ったことがなかった。自分の好きなまま生きていたかんじ。

 

単純に、一人になることは好きだし、人と話すことも好き。

ただ、どちらかといえば、他人にそこまで執着しないタイプで、人と四六時中一緒にいると窮屈さを感じてしまうタイプだった。

そんな、ありのままの自分で大学生活を送っていたところ、大学の人にとって私は、友達がいないキャラとして定着していることを知った。

 

「友達いないの?」と言われることは、生まれて初めてだった。

中学、高校時代もこんなキャラだったと思うが、そんなこと言われたことがなかった。

むしろ、あの頃は「ひのぴこは人気者だよね」や「友達多いよね」とか、今の私とは真逆の印象を持たれていた・・・・。

 

でも確かに高校時代を思い返せば、一人行動をしていたけれど、常に周りに人がいたし、自分を気遣ってくれた人が沢山いた気がする。

我ながら、あの頃は華々しい日々を送っていたのかなと思う。

 

なぜ、大学でこう思われるようになってしまったんだろう。

 

思い当たることはいくつかある。

私はそもそも大学に入学するときに、大学の友達はいらないと心に決めてしまったことがあった。

あの頃は、第一志望の大学に落ちて、泣く泣く滑り止めの大学に進学したことが本当に悔しかった。進学した大学は推薦を多く取る大学だった。だから、生徒もどこかお気楽な考えの人が多くて、受験勉強を頑張ってきた自分にとっては、ラクして入ってきた同級生に対して苛立っていた。

 

まぁ、今思えば、そんな他人に胸張って言えるほど受験勉強を頑張ってきた・・とは言えないし、もう受験なんて終わったことだから・・当時はなぜあんなに自分が歪んでいたのか信じられないけれど・・・。

 

 

そういうことがあって、入学当時は、大学に友達なんていらない。とか寂しい考えを持っていた。勿論、一応友達はできるし、表面上仲良くはするんだけれど、その友達を心の中では見下してしまっていた。自分こそ、そんな大した人間じゃないのにね。

 

 

何度も言いますが、もう私は4年生なので、さすがに大学の同期にそんな考えを持っていないです。。

でも今振り返ってみると、一年の時の私の思いは、無意識に自分の顔に現れていたのかな・・って思う。だから、高校時代の自分のように常に周りに人が集まっている・・なんてことが無くなったのかなって最近思う。

 

 

ただ、友達が多かった高校時代でも人間関係がゴタゴタしていて悩みは沢山あった。

友達が多くない大学生活はさほど人間関係で悩むなんてことはないけれど、こういう周りからのイメージの定着は悩ましい・・かもしれない。

 

 

友達は多い方が生きやすいのか、少ない方が生きやすいのか、未だにわからない。

また歳をとったらこの問いの答えがわかってくるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

春が来ました

スーツ姿にキャリーバッグを引きずった新社会人が、腕時計を何度も確認しながら電車を待つ様子。ツイッターやインスタグラムで見かける「#春から◯◯大学」「#◯◯大学新歓」とか、自分の住んでいるマンションの前には、引越しトラックが停まっていることが多くなった。

 

 

春なんですねぇ。春が来たんですねぇ。

 

 

気づけば、私は大学四年生。一応、大学は理系の学部ということもあって院生が多く、たかが大学四年になったくらいで、学生最後の年だーっ!と思うことはない。

 

ただ確かに大学院に進む人は多いのだけれど、自分と仲良かった先輩の中には、他大の大学院に進んだ先輩もいれば、就職した先輩もいたわけで。

去年までは、研究室に行けば当たり前のように先輩がいて、しょうもない談笑で盛り上がったりしたけれど、もう今はその先輩たちの姿を見ることはできないんだ・・・。

そう思うと、なんだか今年の春は少し悲しい気分になる。

 

中学、高校時代も仲良い先輩っていたはずなんだけれど、当時の私は先輩が卒業したところで何も感じなかった。やっと自分は上級生になれる、もう上下関係の厳しい仕来りは終わったんだ・・とむしろ清々しい気分になっていた。

それに比べ、大学の上下関係って中高の時よりも緩くて、これまで大学の先輩とは友達と接するような感じで接してきた。だから大学の先輩が卒業ってこんなに悲しい気分になるのかなと思う。

 

昨日は久々に研究室へ顔を出した。毎日のように聞こえていたあの先輩の笑い声は、さっぱり聞こえなかった。当たり前かっ!

今頃卒業して行った先輩たちは、新しい地で頑張ってるのかなー?と先輩の姿を思い浮かべながら、黙々と自分の作業へ向かった。

また今年も新しい生活が始まった・・。

 

 

最近のSNSの距離感

近すぎません?

嫌すぎるわ。

 

10年前までは、まだネットの敷居が高かったような・・。

 

確かあの頃は小学生か中学生で、パソコンを使ってインターネットにアクセスしていた。

ヤフーでメールアドレスを作ってクラスの友達とやりとりをしたりとか、

ネットをやっている友達2、3人しか知らないブログを作って・・そこで、こっそり愚痴を吐いたりとか・・。(今もネット上に消せずに残っている笑)

ニコニコ動画見たりとか2chのぞいたりとか・・・

携帯を買ったら、前略プロフィール書いたり、、decooリアルをつくったり・・・。ホムペを作ったりとか・・・。

当時のSNS(?)といえば、見たければ、自分でこっそり相手のホームページやブログやリアルを覗きに行くとか・・そんな感じだった。

人それぞれ、ホームページのデザインは様々で・・個性が際立っていた。

 

なのに今!!!スマホのお陰でネットは人々にとって身近なものになってしまった。

正直、中学生ながらネットを使っている自分カッケーとか思ったり・・・。

リアルには絶対見せれない自分の顔・・それがネットで、私はネットに非日常感を感じていたと思う。

なのに!!!スマホのせいでSNSが発展してきて、SNSがネットの大頭となってしまった。

 

見たくもない人の呟きが自分のタイムラインに出てくるし、

自分自身も何か呟こうとするけれど・・「これ、フォロワー全員に見られるんだよな・・・」と思ってしまって、呟く気が引ける。

 

例えるなら、ツイッターの呟きとは学校の全学年集会で何か意見を言う感じで、

ブログの呟きは、都会でスピーカーを使って演説する感じ。自分の目の前を人が早足で通り過ぎていって、誰が聞いてるんだか、見てるんだかわからないけれど、まぁ耳に入ってくるなぁという感じ。

 

ツイッターは、強制的に聞きたくもない他人の日常を見なきゃいけないような感じがする。

そりゃ、ツイッターにも相手の呟きを見えなくさせるミュート機能とかあるし、そもそも、フォローしなければいいのだろうけど、それはなんだか違う。

 

学校の人の大半がツイッターをやっていてる。

だから、ツイッター上の相互フォローとリアルの友達付き合いが密接に繋がる。

 

 

はぁ、とても気持ちが悪い。

 

なぜ毎日顔を会わせるような人間とネット上でも繋がらなきゃならないのだろうか・・。

昔はネットに非日常感を求めていたのに・・・なんで、こんなに日常が侵食してくる????

 

もっと理解できないのが、アカウントを本名で登録するのが主流になってしまったこと。個人情報を特定される危機感とかないのだろうか・・・?

 

 

しかも、若い世代(小学生や中学生)の大半もツイッターや2chを使うようになったからネットの民度が酷く幼稚化した気もする。

ユーチューブのコメント欄とか・・動画にもよるけれどなかなか酷い笑

せっかく動画を面白いなーと思って観ているのに、コメント欄をちらっと見てしまうと興ざめ。

 

 

最近のSNSの距離感が近すぎるから、こうやってブログを始めた学生って多いと思う。

私もその一人だ。

なかなかSNS上では話せないことをここでは話せる。

ここでは、誰が見ているのかわからない緊張感があるれど、それが返って呟きやすい。

 

 

もしかしたらこれは私の考えすぎなのかもしれないけれど、

ネット上くらい、リアルには見せられない顔を晒させてほしいですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎と都会

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あけましておめでとうございます。

今日の東北は日中大雪。

東京は全く雪が降らないから、私にとって今季初めての雪でした。

東京にいると、東北にいた頃の風物詩が見れなくてとても残念な気持ちになります。

 

夏の夕暮れのひぐらしの鳴き声とか。

あれを聞くと毎年、夏休みの終わりに絶望していたんだけど・・・

東京に引っ越したきりはそんなことなくなったな。

 

中高校生の頃は東京での学生生活に憧れていた。

東京の人にとって、渋谷や新宿とかの大都市はすぐ近くにあって、

そこで、放課後は遊ぶのだろうか。そこでデートをするんだろうなとか、いろいろな想像を膨らませていた。

実際に生粋の都民に、小さい頃はどこで友達と遊んできたの?と聞いてみると、渋谷で遊び呆けてきたらしい。小学校低学年の頃から。洋服巡りとかゲーセンで遊ぶらしい。

高校生になるとクラブにまで行くらしい。

カブトムシなんて捕まえたことも見たこともないらしい。

雪でかまくらを作ったこともないらしい。

 

私の故郷では、小学校低学年からそんなこと・・考えられない笑

あの頃の自分にとって、身近な都会は仙台駅の駅前だと思っていたから・・。

「仙台駅前」の画像検索結果

(画像引用)

 

あの頃の私は、渋谷なんてニューヨークのマンハッタンの位置付けでした・・。

 

昔は本当に東京に憧れていた。

早くこんな田舎から抜け出してやる!とか、東京で華々しい学生生活を送ってやる!

その思いが受験勉強のモチベーションの糧になっていた。

なんとか、東京の大学にも合格し、両親の経済力支援のおかげで、都内へ上京できることになった。

いざ住んでみると、確かに便利で、1度東京に住んでしまったら多分他のところは住めなくなると思っている。特に若い頃はね。

 

でもたまーに、あの田舎の風景が恋しくなってくる時ってあるのよね。

ジブリアニメ見ている時とか、久石譲さんの音楽を聞いている時とか・・

田舎で日が暮れるまで走り回ったこととか想起される。

 

昔は生まれながらの都民に強く憧れていたんだけれど、今はそうでもなくなった。

あの時、外で沢山自然と触れ合ったことで感受性が深まったのだろうな、と今では思う。

芸術方面では感受性の豊かさは大事である。

都内に住んでいては、確かに人との出会いとかチャンスは多いのだろうけど、潜在的な能力とか感性は備わらないだろうと思っている。

やはり、そんな感性の基盤を形作る幼少期は、英才教育なんかよりも自然と触れ合うことが大事だ。芸術家を目指すならなおさら。

そう考えると、田舎で過ごした幼少期は、私にとって宝物だ。

中高生の頃、あんなに嫌だった田舎の思い出は、今、何かを創作する上で多分大いに役に立っているだろう。

 

ただ、これだけを言わせてもらえば、勉強をするなら絶対東京がいい。

特に美術とか、音楽とか建築とか。

田舎と東京じゃあ、チャンスの量が全然ちがう。(アトリエ事務所や、展覧会など)

 

だから、幼少期は田舎で過ごして感性を高めて、思春期を越えたあたりで、東京に行って勉強をしに行くのが芸術を学ぶのに最適な人生なのではないかな。。。

 

大晦日ですヨヨヨ

2017が終わってしまう

早いものですね。

 

今年の大晦日は実家に帰りました。

実家は仙台にあります。東京駅から東北新幹線に乗って行くのだが、大晦日だからなのか車内は激混み・・笑

自由席にしたのだが、まさか立ち乗車をする事態になるとは。笑

二時間もね。さすがに疲れました。

 

その後、疲れた足で仙台の某イルミネーションを一人で見に行くという。

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恐らく、高校生ぶりに仙台のイルミネーションを見に行ったんだけれど、

東京のどこのイルミネーションよりも、仙台のイルミネーションの方が綺麗だった。
ケヤキの木がめちゃくちゃ高いからだろうか。なんか仙台の方が光のトンネルをくぐるような感覚があった。

 

イルミネーションは、この大晦日が最後の点灯らしく、カップルばかりいましたけれど

そんなの忘れちゃうくらい綺麗でしたね苦笑

 

 

2017年は、色々なことに目覚めた年。

特に自分の中で大きかったことといえば、夏のこと。

一つ目は、全国規模のコンペ受賞の経験。

今まで大学の中で生活をして行くのが精一杯だったんだが、あれがきっかけで他大の強者と関わることができて、本当に視野が広まった。

 

hinopiko.hatenablog.com

 

hinopiko.hatenablog.com

 

 

二つ目は、初めてのヨーロッパ研修。

フランス(リヨン、マルセイユ、パリ)

イタリア(ローマ、ベネツィアヴェローナ

スペイン(バルセロナ

スイス(チューリッヒ

この四カ国の旅だったんだけれど、あの街並み、あの空間は本当に忘れられない思い出。

日本とは違って、芸術が街に根付いていて、人がそこらへんでダンスしたり、歌を歌ったり、スケッチをしたりしていた。

羨ましかった。

芸術を学ぶならヨーロッパだなぁと思いましたよ。

hinopiko.hatenablog.com

 

 

2017年は長年付き合ってきた彼氏と別れたりサークルをやめてしまった年でもあるんだけれど、

まぁ自分のやりたいことが発見できたから・・そんなことどうでもいいね笑

 

いつか自分にふさわしい人が現れてくれることを信じて

2018年も頑張りましょうね・・

2018は院試やら卒制やらで、大学で一番苦しい年になることは間違い無いだろうなぁ・・。

憂鬱だ。

 

 

この一か月の出来事

最後の更新から一か月も経っていたんですね。

この一か月忙しくてブログ更新を怠っていました。

そしていつの間にやら昨日で大学三年の夏休みは終わって、今日は新学期のガイダンスがありました。

本当に時の流れって言うのは早い。

 

この一か月は、コンペのブラッシュアップに追われていたのもあったのですが

大学のヨーロッパ研修に二週間行ったり、サークル合宿などがありました。

 

初めてのヨーロッパは本当に素晴らしいところでした。

バルセロナマルセイユ、リヨン、ローマ、ベネツィア、パリを回りましたが、ずっと20年間、海外に出たことがなかった私にとっては全てが新鮮で・・。大変勉強になったと思います。

ヨーロッパ研修に関しては、また写真を整理したら投稿しなおそうかな。

とりあえず旅行の一部写真でも載せてみます。

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コルビュジエ ロンシャン礼拝堂

 

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パリ エッフェル塔

 

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バルセロナ  ガウディ サグラダファミリア

 

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カルロスカルパ ブリオン家の墓

 

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オルセー美術館

 

ヨーロッパ研修とは二週間の間に大学の先生の解説付きでヨーロッパの20~個くらいの建築スポットを見て回っていくんですが・・

感想としては、まだまだ建築の勉強が足りないなと感じた旅行でした!!

でも、興味分野を発見(美術など)できたのは今後の自分を大きくしていくのではないかと思いますね。

 

 

コンペの二次提出は四日前くらいに提出が終わったところです。

1/70の模型の提出とプレゼンボードの提出があり・・

本当に提出前は地獄でした。終わらなすぎて

卒制みたいに後輩何人かの手伝いを呼んで研究室借りて作業してましたが

1/70模型って作っていると、結構誤差が生じるし・・中々効率よく手伝いが回らなくて・・・

卒業設計の辛さを前もって知れたような気がしますね。

出来上がった模型は、ちょっと詰めが甘いところはありましたが、細かいところとか作ってもらえたので良かったです!

f:id:hinopiko:20170916001740j:plain↑お気に入りのモケシャ

無加工でこの光の入り具合・・w

 

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↑プレぼ一部、図面など・・

図面の陰が強すぎましたかね?

 

また画像データを整理したら追って投稿しようと思います。

 

みちを