みみこ!

20代女。建築士。社会の荒波こわい。

HSPな自分との付き合い方

今まで更新してきた記事を非公開にしてみた。

このブログに来ると、ジタバタ日常を踠いて生きていた学部生時代を思い出す。

たった3年しか経過していないけれど、あれから多くの人に出会い、様々な出来事に遭遇し、自分が一皮も二皮も剥けたように思う。

 

 

:: HSPである私の生き方

元々は、相当に多感、過敏で不安定な性格、その一方で毎日見る朝日一つに感動したり、美しい音楽を見つけては、暫くの間はその世界に魅了され、閉じ籠ってしまうなど

感情の浮き沈みが激しく、日々色々な情報を受け取っては疲弊していた。

最近巷で話題になっている根っからのHSP(Highly Sensitive Person)』であった。

 

そんな日常に嫌気を差して、自分が常に穏やかな精神状態で居られるよう、身の回りの環境や受け取る情報量を自分でコントロールするようになった。

 

学生身分でコロナ自粛を良い事に、数ヶ月の間は家に一人、好きな本を読んで、好きな作家さんの画集を眺めては胸をときめかす。

人と会うのは気が向いたときだけ。

話していて言葉に不快感を感じる人とはなるべく連絡を取らない。連絡が来ても次の日とか少し時間を開けて手短に返信をする。

SNSは限られた人しかフォローしない。自分のテリトリーに入れても良い人だけ、目に入れても不快感のないツイートをする人だけフォローする。

 

そんなこんなで、余計な情報に一喜一憂しなくなり、日常ってこんなにも生きやすいものなんだと実感出来るようになった。今までどれだけ見る価値のない情報に私は妨げられてきたのだろう。

 

世界的にウイルスが蔓延する世の中で、『早く人に会いたい』『外でお酒飲んで集まりたい』と叫ぶ人が多くいる中で、私は全く真逆の感想を持っていた。

 

 

:: 感情の言語化の大切さ

受け取る情報が整理されていくうちに、今度は自分自身の感情を俯瞰して目を傾けることが出来るようになった。自分が無意識に発露する感情の1つ1つを分析するようになった。

心理学の本や哲学書、古典や小説を読み耽り、それら本の言葉を借用しながら、感情の1つ1つを丁寧に言語化する癖が身に付いた。

 

・人はどういう状況下でその感情が沸き起こるのか?

・この湧き上がる感情は、過去のどんな出来事と相関しているのか?

・その感情が沸き起こったときの周囲の反応は?

 

こんなことに着目しながら、人間が持つ感情一つ一つのメカニズムをインプットしていく。

これを毎日積み重ねて行くと、今まで見えてきた暗い世界の中に徐々に光が差し込むような感覚があった。

 

コロナ自粛が明け、少しずつ情報量の制限を解禁し、緩めていくけれど、以前のように些細なことで頭を悩ませることが少なくなった。

今まで、不快だと感じていた他人の行動や言動を、『本に書いてあったあの人物と同じことをしている』と自ら照らし合わせ、『あの人物はこう言う背景からああ言う言動をしていた。だから、この人も似たようバックグラウンドを持っているのだろう。』と自分で推測し納得させることが出来た。

 

その推測が当たっているかは分からないが、一度俯瞰して自分自身の感情を洞察することが大事である。

 

 

 

:: 日記を書くこと

3年前、大学の講師に学業が伸び悩んでいる事、建築の設計がスランプに陥っている事について相談をした際に、

『貴方は毎日日記を付けなさい。3行でも良い。少しでも自分の感情と対峙する癖を付けなさい。そしたら頭一つ抜けるわ。』と教えられた。

私はそれを聞いて、ガッカリした。

成績に直結するノウハウやコツを教えてくれると思ったからだ。

当時はその講師が一体何を思ってそんなことを言ったのか分からなかった。

 

(日記を書けってどういうこと?全然質問と関係無いじゃない。プライベートから改新しろってこと?それが何を意味するの?)

 

『日記を書け』と言われるのはその時が初めてでは無かった。高校時代の担任、大学の他の教授や先輩にも言われたことがあった。

それからというものの、彼らの言う通り、毎日何かしら手帳に自分の感情を記録する様になった。

 

その言葉の意味を理解できたのは随分と後になってからだ。先生たちが当時私の何を見て、どう変えるべきか、何を伝えたかったのか・・今になって漸く理解できる。

 

 

:: HSPを肯定的に捉える 

20数年の間、自分の気質には疲れ果て、病気になって学校に行けなくなったり、何でこんなにも駄目な人間なのだろうかと苦しむ毎日であった。

 

しかし、情報のコントロールができるようになり、人間の心情を分析し言語化する習慣を身に付けてから、自分の気質を肯定的に捉えられるようになった。

 

HSPは嫌な事に過剰反応してしまう性分だが、それは逆に小さな幸福にも、大いに感動することができる。

クラシック音楽の旋律を聴いて、心が打たれる。PVも無ければ歌詞もないのに、何故か涙が出てくる。どうしたらこんな大曲を作れるのか、作曲家はどんな光景を見て毎日過ごしてきたのだろう。

鴨川の河川敷に降り立った瞬間、ビルで埋まった都会の空から一変して、急に空が広くなる感覚。夕暮れ時、鴨川沿いのお店が明かりを灯し、その明かりが徐々に鴨川の水面に浮かび上がり、川の微小な動きが、その水面の反射をより一層キラキラと輝かせてくれる。都会の喧騒だけでなく、現実社会からも遊離できるあの空間が大好きだ。

 

日々の小さな発見は、一見何ら生産性の無いように見えるけれど、自分の内面を確実に豊かにしてくれる。

 

 

最近友達にこんなことを言われた。

『あんたは些細な贈り物でも大喜びするから、色々してあげたくなっちゃう。』

 

それを聞いて、やっぱりこの気質は決して悪い面だけが作用しているのでは無いんだなと。気質を受け入れて、生涯上手に付き合っていこうと決心するのであった。

 

 

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